多分、一つにまとめるとかなり読みにくくなってしまうと思ったので、二つに分けました。
私の生活の中に、カポエイラが入り始めてからあまりにも早く時間が過ぎていきました。物事が目まぐるしい早さで動いていく。去年[2023年]の7月によく分からないまま参加したブラジルフェスも、いつの間にか今年[2024年]の参加を間近に控えていて、もうそんな時期かと少しぼけーっとした感じになってます。
恐らく、というかほぼ確実に、カポエイラを始めてなかったら起きてなかった事は沢山ありました。逗子にカポエイラを、大阪に、沖縄に、そしてつい最近は、Hirokoさんが看護学校で教えている学校に、カポエイラを教えにアシスタントとして、教える立場として初めて立つとか。ほとんどが私にとって新しい経験でした。それにまだ始めて一年なので、行く先々で初めましてのカポエリスタと出会い、そこからさらにもっと刺激をもらう。同時期に始めた可愛い弟の様な少年、同じく同時期に始めた愛の深い少年のお父さん、カポエイラ歴はかなり先輩の今受験を頑張ってる青年、彼らからもさらに刺激をもらう。ただでさえToshiさん、Hirokoさんといると刺激的なのにも関わらず。
カポエイラをやっている時だけは嫌な気持ちはありません。むしろ楽しいという感情、もっとできるようになりたい。もっともっとと。自分があまりにもできない時は、悔しくてたまらない時もありますけど。でもどんな時にも頭の中にこの言葉が浮かぶんです。
なんとなくでいいんだよ。
冷静に考えれば、最初から全て分かる、できる人なんてそうそう探してもいないのは明白なのですが、そんな不安をかき消してくれるかの様にその言葉が頭の中に巡り巡っていくんです。
さて、独白はここぐらいにしておいて、タイトルのように思った理由を説明しましょう。簡単に言うと、
[未来なんて誰にも分からない。それと同時にどんな物が過去になるかも誰にも分からない]
と言うこと。これから10年先、1年先、1ヶ月先、1日先、1時間先、1分先、1秒先のことなんて、誰にも分からない。知っている存在がいるとすれば、神様ぐらいだと思います。過去というものも、その分からなかった未来が、いつの間にか過去というものになってただけ、な、気がします。それが、『私たちは、いつも過去と未来の間を生きている。』になるのだと思います。何を訳の分からないことを言っているんだお前は、と言われたらもう仕方がないんですけど、なんとなくわかっていただければ、とか思ってます。
もうそろそろ頃合いでしょうʅ(◞‿◟)ʃ次はこれを読んでいただいてるあなたに、僕たち Capoeira Angola Tokyo の活動、Roda、Jogoを直接みていただければと思います( ͡° ͜ʖ ͡°)ツラヅラと長い文を読んでいただきありがとうございました。
ではまた(・ω・)ノシ
2024/07/14 Capoeira Angola Tokyo所属 Matsuura Ryuya
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